早稲田塾特別公開授業「くらしと経済シリーズ」

早稲田塾で「特別授業」(全6回)が行なわれました。 一昨年に続き、2回目の試みです。(2008.2.10-3.16)

テーマ講師
「くらしと仕事」玄田有史(東京大学社会科学研究所教授)
「くらしと人口」斎藤  修(一橋大学教授)
「景観と都市空間を考える」浅見泰司 (東京大学教授)
「バブルとは何か?」櫻川昌也 (慶應義塾大学教授)
「経済には唯一の正解はない」竹中平蔵 (慶應義塾大学教授)
「知的資本経営とは」花堂靖仁(早稲田大学ビジネススクール教授)

コーディネーター 堀岡治男(経済知力フォーラム専務理)

くらしと仕事玄田有史・東京大学社会科学研究所教授

2008 年2月 10 日(日)の午後、第1回目の授業が行なわれました。
講師は、玄田有史・東京大学社会科学研究所教授、テーマは「くらしと仕事」。
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「絶望の反対語ってなんだと思いますか?」という問いかけで始まった授業。玄田先生のメッセージは、「暮らしていくうえで、仕事をしていくうえで、『わからない』ことから逃げないこと」。

経済学については、「どうすればみんながいまよりも少しだけハッピーに暮らせるようになれるかを愚直に考える学問」だが、答えは簡単にはわからないし、答えはないかもしれない。だから、逃げずに粘って考えてみる価値がある、と。

希望については、「 A wish for something to come true by action 」という定義を紹介し、「なにか」を、「実現しよう」と「行動する」ことが重要だと力説。

後半の質疑では、「情報と選択肢が増え、何をしたいか決められず、フリーターでも食べていける世の中で、どのような仕事に決めればいいのか迷う」「限られた時間の中でどのような大学を選んだらいいかわからない」「安定した職業を選ぶべきか」などの質問がでて、玄田先生はその一つひとつに真剣に答え、「希望は自分で見つけるものなのか、それとも誰かがあたえてくれるものなのか」という質問に対しては「出会うもの」と断言。生徒たちも納得顔でした。

授業中、生徒たちはノートをとりながら真剣に聴き入り、終了後のアンケートでも、「とても満足している」という回答が非常に多い授業でした。

くらしと人口斎藤修・一橋大学教授

2008 年2月 17 日(日)の午後、早稲田塾秋葉原校で行なわれた第2回目の授業が行なわれました。 。
講師は斎藤修・一橋大学教授、テーマは「くらしと人口」。

「少子化」とは、出生率が下がり、子どもの数が減ること。「高齢化」とは、死亡率が下がって高齢者が増えること――この当たり前のことを人類の長い「歴史」のなかで捉えるとどういうことが見えてくるのか。それが、今回の斎藤先生の授業のテーマでした。
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まず、韓国やイタリアなどでも日本と同様に、あるいは日本以上に少子化は進んでいること、世界中で「多産多死」から「少産少死」へと急激な変化が起きていること、近代以前の社会の出産数と結婚年齢を見ると、西欧では出産数が多く結婚年齢が高いのに比べて、日本では出産数が少なく結婚年齢が低いことなど、通常マスコミなどで騒がれている「少子化」問題のイメージとは違う事実が統計数字で示されました。

また、人口減少はいまに始まったことではなく、たとえば江戸時代の後半の東北のある藩では、少子化対策として「赤子養育法」がとられていたことなど、興味深い歴史的事実も紹介されました。

一方、高齢化については、 2006 年生命表でみると 75 歳時の平均余命が男性 11.3 歳、女性 15.0 歳というように、定年後 20 年以上生き続ける社会が到来していると指摘。これはわずかこの2世代の間に起きた歴史上はじめての出来事で、いまの社会経済システムでは対応できず、働き方や人生の過ごし方に関して、これまでとはまったく違う発想が必要だと力説されました。
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後半では、食生活と人口問題、食糧不足が人口に与える問題についてなどの質問がでました。全般的に本格的な専門家による大学での講義のような雰囲気で、生徒の感想文にも「普段テレビなどで伝えられているものとは別の視点で考えると違ったことが見えてくる」「大学でどういうことを学ぶのかがわかった」などと書かれていて、「満足度」の高い授業でした。

景観と都市空間を考える浅見泰司・東京大学教授

2008 年2月 24 日(日)の午後、第3回目の授業が早稲田塾秋葉原校で行なわれました。講師は浅見泰司・東京大学教授、テーマは「くらしと景観」で、サブタイトルは「景観と都市空間を考える」。
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冒頭、浅見先生は、所属している東京大学空間情報センターで行なわれているさまざまな研究を紹介しながら、「理系」か「文系」かという区別よりも、どんなことに興味があるのかで進学すべき大学や学部を選択すべきだとアドバイス。

授業ではまず、6軒の戸建住宅の写真を映し出し、自分の家の隣に建ってほしくない住宅・建っていてもいい住宅は?と質問。生徒たちの答えを受けて、住宅地の景観について説明。また、家の色や形が街の全体的な印象に与える影響についての実証分析の結果、さらには小田原や金沢、近江八幡などで実施されている景観形成基準や新宿区におけるビルの高さ制限強化などについて、パワーポイントを駆使して解説するという本格的な授業でした。

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浅見先生の授業のメッセージは――市街地の景観とは、そこに住む人々の価値観の表現であること、ちょっとした工夫で景観を改善できること、個別の行為が全体に影響を与えること、さらにはメリットやデメリットを意識した適切な対応が必要であることなど。

後半では、「日本に高層ビルは必要なのか」「コンパクトシティに人が集まると地方は過疎化してしまうのではないか」「電信柱が景観を壊しているのではないか」など、「建築に興味がある」生徒ならではの質問も出ました。

バブルとは何か?櫻川昌也・慶應義塾大学教授

2008 年3月2日(日)の午後、第4回目の授業が早稲田塾秋葉原校で行なわれました。講師は櫻川昌也・慶應義塾大学教授、テーマは「くらしと経済」、サブタイトルは「バブルとは何か?」。

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「バブル」とは「泡」のことで、いずれははじけてなくなってしまうもの。しかし、実はみなさんはバブルのお世話になっている――そう言って櫻川先生は、財布から1枚の1万円を取りだす。そして、製造原価はせいぜい 100 円くらいの紙切れである1万円札が、「紙幣」として1万円の価値を持つのはなぜなのかと問いかけ、それ自体、価値がないとわかっていても、みんながなぜか価値があると思えば価値を持つ、それがバブルだと説明。
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次いで、「株価はどう決まるのか」の説明で数式(「資産価格の裁定式」)が使われると、一瞬唖然とした表情の生徒も。委細かまわず、櫻川先生は授業を続け、株価にバブルが発生しやすい仕組みをわかりやすく解説し、貨幣が「よいバブル」だとすれば、株や土地には「悪いバブル」が生まれやすいとまとめました。

授業終了後の感想文には、「数式が出てきて途中で焦りました」「計算が難しくて……」「数式はぶっちゃけ意味がわからなかった」という生徒もいる一方で、「数式を使うことによって少しわかりやすかった」「少し難しかったですが、目からウロコでした」「授業すべてが面白かったです」という感想もあり、なかなかチャレンジングな授業でした。

経済には唯一の正解はない竹中平蔵・慶應義塾大学教授

第5回目の授業が早稲田塾秋葉原校で行なわれました。
講師は竹中平蔵・慶應義塾大学教授、テーマは「くらしと経済・政策」。

竹中先生は、「まずは自己紹介から」と自らの生い立ちについて語りはじめ、一生懸命働く人が豊かになることができるような社会を作りたいと思ったのは高校時代だったこと、ハーバード大学での経済の授業が興味深かったことなどを紹介。
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次いで、「経済」については次の3つのポイントが重要であると解説。
豊かになることは大事だという意味で「経済」は重要であること、掴み所がないと思われがちだけれど「経済」は身近な問題であること、「経済」には唯一正しい答というものはないこと。たとえば、「唯一の正解がない」ことについては、「もし君たちが早稲田塾の経営者だったとして、少子化で塾生が減少しはじめたらどうするか。

「1.学費を上げる、2.学費を下げる、3.変えない」という3択問題を提起し、その理由を生徒たちから聞き出して、「いずれも正しい答だ」とその理由を解説しました。

さらに、「経済が豊かになる」ということは「所得が増えること」だとし、 60 年代の高度成長期には 10 %成長だった日本経済が 90 年代には1%成長に落ちてしまったこと、 2001 年から 2002 年にかけてはマイナス成長だったことを説明した後、数式(算数)を使って経済成長のメカニズムをわかりやすく解説するという本格的な授業が展開されました。
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政策の話では、大臣経験者でなければわからない閣議の様子など興味深い話が盛りだくさんで、会場に詰めかけた満員の生徒たちはノートを取りながら熱心に聞き入っていました。教室に入りきれない生徒たちは、1階上の教室でモニター画面を見ながらの授業参加でした。

知的資本経営とは花堂靖仁・早稲田大学ビジネススクール教授

2008 年3月 16 日(日)の午後、第6回目の授業が早稲田塾秋葉原校で行なわれました。
講師は花堂靖仁・早稲田大学ビジネススクール教授、テーマは「くらしと企業」。wasedajuku20080316hanadou1wasedajuku20080316hanadou2
パワーポイントを使って始まった授業の1枚目のスライドを見てびっくり。「伊勢神宮と式年遷宮を知っていますか」とあったからです。企業と伊勢神宮の式年遷宮はどのような関係にあるのか、疑問顔の生徒たちに、花堂先生は次のように説明しました。

20 年に一度、お社からさまざまな道具まですべてのものをまったく同じように作り直す。しかも、材料は近隣から調達する。つまり、伊勢神宮は世界でも希有な循環型社会を実現していて、いまの企業社会を考えるうえでも重要だということ。

 もう一つ重要なことは、式年遷宮が約 1300 年も続いていること。当然のことながら、そんな長い年月がたつと、同じ原料や材料が揃うとはかぎらない。同じ物を作るための「制約」があるということで、 そういうなかから工夫が生まれる。そして、企業におけるイノベーションもさまざまな制約のなかから生まれてくる、と。

 次いで、「企業」と「市場」の説明に移り、大学院レベルの授業がわかりやすい言葉で展開されました。「企業」とはさまざまな利害関係者(ステークホルダー) との関わりあいのなかからモノやサービスを作り出していく存在であること。モノやサービスの交換の場である「市場」では、相対取引が行なわれる時代、紙ベー スの情報をもとに遠隔取引が行なわれる時代を経て、いまや電子媒体を使ったインタラクティブの情報をもとにした遠隔取引が展開される時代になっていること、などなど。
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最後に、企業とステークホルダーとの間には常にパーセプションギャップがあり、情報公開が必要であることと、その際に人間がもつ潜在能力などの「知的資産」をどのように「見える化」するかが重要であることなどが説明されました。

 授業終了後は、全6回の授業に出席した生徒に「修了証書」が手渡され、 6週間にわたった「早稲田塾公開特別授業」は幕を閉じました。(堀岡治男)